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2.膨張した食料需給システムを維持するために その二

 このように、現代の情報化された食料需給システムは、人間が生きていくのに必要とする食料需要だけでは足りずに、情報によって創りだされた虚構の需要によって充足されようとしている。つまり、私たちは情報、宣伝によって必要以上に豊かな食料を求めさせられ、必要のない便利さを求めさせられている。その結果、「豊食」を求めすぎて「飽食」に陥り、自分勝手に食べて「崩食」という混乱状態を引き起こしているのである。豊かで便利な食生活が実現した昭和60年ごろを境にして、私たちが食の欲望を野放し状態にしてきた結果でもある。「おいしいものを、好きなだけ食べたい」という食の欲求は、人間らしい快楽や幸福感の追求に通じる必然的なものであるから、それ自体は悪いことではない。ただ、それが社会的に許される限度を超えて過剰になり、わがままな欲望と化したことが問題なのである

しかし、現状はそうであっても、今後もそれをただ傍観していてよいわけがない。改めて、「食料をどのようにして生産し、どのように食べるのがよいのか」ということを根本から考え直してみなければならない。農作物や家畜、魚介類はすべて生命のあるものであって自然の産物なのであるから、私たちが勝手にいくらでも生産できるものではない。それを無理して大量生産しようとしたから、自然の厳しいしっぺ返しを受け、これ以上の食料の生産ができなくなったのである。

 忙しい現代生活では便利な加工食品や外食を利用して食事を簡便に済ませることは当然の社会現象であろう。おいしい野菜や果物が国内でたくさん生産できるのに、外国産の珍しい野菜や果物を輸入しているのは、食文化がグローバル化した結果だと受け止めるより他はない。しかし、心配するべきは「近い将来に地球規模の食料不足が起きたら、食料が自給できない日本はどうするのか」、「節度のない飽食を自粛しないと肥満や生活習慣病が蔓延する」、「個食や子食がこれ以上に増えれば家族という絆が失われるのではないか」という深刻な社会問題である。そうならないために、「国内の農業、漁業、畜産業を活性化して国民の食料を少しでも多く確保し」、「行き過ぎたグルメ飽食を自粛して、健康で活動するのに必要であるだけを食べ」、「自分勝手に食べないで家族や友人と仲良く一緒に食べる」という食のあるべき姿に回帰するにはどうすればよいのであろうか

  
  
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