4.開発途上国で飢餓がなくならないのはなぜか、
地球上で生産できる穀物22億トンを世界総人口70億人に均等に分配すると、1人当たり年間で314キログラム、食料エネルギーにして1日、約2800キロカロリーになる。だから世界全体としてはみんなが十分に食べられるだけの穀物生産量があるのである。それにもかかわらず、世界の人口の約80%近くを占める途上国の人々は十分な食料を得ていない。穀物の半分は世界人口の20%が住む豊かな先進国が消費し、残りの半分を人口の80%を占める貧しい開発途上国が分け合っているからである。国連の食糧農業機関(FAO)の調査によると、2015年現在で発展途上国では6億人が低栄養状態に苦しんでいるという。先進国の豊かな消費が、途上国の飢えを作り出しているのである。
低栄養状態とは1日に摂る食料が体重を維持し、軽い活動をするのに足りない、つまり摂取する食物エネルギーが基礎代謝量の1.5倍以下しかない状態のことである。生きるための最少エネルギーである基礎代謝量の1.2~1.4倍以下しか摂取できない状態を飢餓といっているが、2010年現在、東アジアや中南米、北アフリカでは飢餓人口比率が10%、サハラ砂漠以南のアフリカでは32%である。その一方で、先進諸国では1日に3000キロカロリー以上を飽食して、肥満による健康障害が生じているのである。
先進国の人々が1日3000キロカロリーを消費しているのに、アフリカ諸国ではその3分の1程度しか入手できず、6人に1人は低栄養状態にある。1970年代以降、アフリカ大陸への食料供給量は増えているのであるが、その食料の大半は特権階級、あるいは都市居住者が消費して地方では飢餓が続いている。現在でも、全世界で8億2000万人が飢えに苦しんでいて、5歳未満の子供1億5000万人が栄養不足による発育不良になっている。1996年、ローマで開催された国連の世界食糧サミットでは、途上国における食料不足や飢餓の改善を目指して、2015年までに低栄養状態で苦しんでいる人々の数を4億人にまで減らすため、先進諸国は国民総生産の0.7%を拠出して支援することになったのであるが、いまだに目標が達成できていない。後進国の飢餓人口は一時的には減少したが、2015年以降は再び増加し始めている。
二つ目の原因は、局地的な人口の急激な増加による自然破壊である。アフリカ、サハラ砂漠以南の諸国では1人当たりの穀物生産量が1960年からの20年間に20%以上も減少しているが、それはこの地域における急激な人口増加が原因である。局地的に膨張した人口を養うため、限られた農地、森林からの無理な収奪、過剰な放牧が想像をはるかに越える速度で進み、耕地を荒廃させ、土壌を侵食し、砂漠化させるなど自然環境を破壊し、それが食料不足や飢餓となって住民にはね返っている。国連が行ったミレニアム環境アセスメントによれば、2050年までに世界の森林面積の70%が食料増産のために伐採されて失われるだろうと予測されている。既に、毎年600万ヘクタール、つまり日本の全耕地を上回る面積が人類の活動により砂漠化しているのである。緑が減ると雨も減り、慢性的に旱魃飢餓に悩まされることになる。旱魃が常習化して農耕地の7割が土壌浸食を起こし、農業生産が急速に低下するからである。
三つ目の原因は、世界経済における複雑な南北関係である。そもそも、今日のグローバルな食料供給システムにおいて起きている不平等な食料分配は、グローバルノース(ヨーロッパ、北アメリカ、アジア、オセアニアの高所得国)と、グローバルサウス(ヨーロッパの旧植民地であったアフリカ、中南アメリカ、アジアの低所得国)との不均衡な経済関係に起因している。1940年まで続いていた旧植民地時代には、ヨーロッパの宗主国は植民地から農産物や天然資源を安価に移入していた。植民地におけるプランテーション農業がヨーロッパ諸国の工業化を進めていたのである。第二次大戦が終わると各植民地は独立を勝ち取ったが、この不平等な経済関係は解消されなかった。例えば、1950年代に始まったアメリカのグローバルサウス諸国に対する食料援助は、余剰食料の新しい輸出市場を開拓するのが目的であった。大量の食料支援を与えられた途上国の多くは、自国で必要な日常の食料を増産することを止め、先進国が要求する茶、コーヒ、カカオ、砂糖、ピーナツ、綿花などの商品作物を栽培して輸出する道を選んだ。世界銀行から融資される開発資金もこれら先進国向きの商品作物の生産を後押しした。かつての植民地経済より脱却しようとしていた開発途上国は、結局もとの商品作物の輸出に依存することになり、国内で食べる小麦や米、食肉などは輸入に頼ることになった。
このように食料不足だけが飢餓の原因ではない。飢餓は食料の不足にかかわる問題ではあるが、それ以上にその不平等な配分の問題である。過去数十年にわたる飢餓撲滅の世界的な取り組みの効果が上がらないのは、この課題が単なる農業問題ではなく、複雑な社会経済問題でもあるからである。食料はすべて地球自然の産物であり、人類の共有資源である。にもかかわらず、その分配をめぐって国際間の利害対立がなくなっていない。なぜ、飢餓がなくならないのか、どうすれば飢餓を減らすことができるのか、この問いは現代の食料問題を巡る議論の中で最も難しく、また意見が対立する問題なのである。より大きな政治的、経済的問題が解決されない限り、食料と飢餓の問題は今後も繰り返されることになる。