2.膨張した食料需給システムを維持するために
なぜ、このような事態になったのであろうか;私たちは戦後、豊かで便利な食生活をするために食料や食品を大量に生産し、大量に流通させ、大量に消費する資本主義経済システムを構築してきた。それは20世紀の半ばには期待通りに機能し、期待した以上に豊かで便利な食生活をもたらしたけれども、やがて必要以上の食料供給と無駄な食料消費を引き起こしたのである。
そもそも考えてみれば、人間が命をつなぐ食料をグローバルな資本主義経済システムの対象としたところに問題があったのである。食べるという人間の生理的行為はおのずから限度のあるものであり、限りなく大量生産と大量消費を追求する市場経済システムにそぐわないものである。食料そのものは空腹を満たすのに必要なだけあればよいものである。それを資本主義経済の利潤追求のために、必要以上に供給するから食べ過ぎや無駄遣いが増えるのである。供給過剰は現代資本主義経済の陥りやすい陥穽の一つであると言ってよい。かつて自給自足の時代には食料の無駄な生産というものはなかったのである。今や、消費者が毎日食べなければならない食料、食品は大量生産、大量販売のための絶好の商品となり、農水産業、食品加工産業と流通小売産業、そして外食産業の経済規模が約80兆円に膨張している。そして、この供給過剰に陥っている食の経済システムを支えるために、私たち消費者は必要以上の食の豊かさと便利さを求めさせられ、必要のない消費、無駄遣いを強いられていると言ってよい。
地球規模に巨大化した資本主義食料経済システムは、それを絶えず成長させ、維持するために、常に新しい市場と需要を必要とする。ところが、我が国においても命をつなぎ健康に過ごすのに必要な食料はすでに十二分に充足している。国民が飲食する総需要は平成7年の83兆円をピークとして現在では7兆円も減少し、食の実需要はすでに飽和していると考えなければならない。
とすれば、これ以上に食料需要を拡大するには、宣伝と情報操作によって消費者の欲望を刺激することにより、必要性の伴わない需要を作り出す以外に方法がない。現在の巨大な食料需給システムは、情報によって作りだされた虚構の需要を消費することで維持されていると言っても過言ではない。かつて生産が需要に追い付かなかった時代には、同じ商品であっても2個あれば2倍の価値を生んだ。しかし、実需要が飽和している情報化消費の時代には、同じような商品なら2個はいらないのである。だから、目新しくはあるが必要性はそれほどにない新商品が次々と開発されては消えていくのである。
つぎつぎに、食べ歩きガイドブックが出版され、テレビには食べもの番組が氾濫している。ラーメンや焼きそば、餃子などのおいしい店をインターネットで探して食べ歩くB級グルメ・マニアが多い。有名パティシエの作るスイーツを食べ歩いてブログで批評するスイーツマニアも現れた。飲食店を紹介するグルナビには、利用客が店の雰囲気とかサ-ビスについてのコメントを数多く書き込む。レストランに入れば、出される料理の写真を撮ってインスタグラムに投稿する。これらの人々は食べ物を情報化して楽しんでいるのであり、料理を味わうことは二の次である。口コミ情報によって虚構の食料消費が生み出されているのである。このように、命を守る食べ物をレジャーの対象にしたり、自己表現の道具にすることは決して感心できることではない。食べるものが常に保障されている現代ならではのことであり、食べものが不足していれば決して行われることのないことである。
