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3.食卓に家族が集まらない家庭は崩壊する

家庭での食事の摂り方について気になることが起きている。親子で暮らす世帯を調査したところ、毎日、家族そろって夕食を摂っている家庭は3割あるにすぎず、家族が揃う日はないか、あっても1日という家庭が2割もあった。家族全員が毎日そろって夕食を摂っている家庭は東京では30%であるが、ニューヨークでは40%、パリでは60%である。東京が最も少ないのはなぜだろう。

  厚生労働省が毎年全国で実施している「国民健康・栄養調査」を見ると家族の食事形態の変化がよくわかる。昭和50年の調査では、夕食を家族一緒で食べる家庭が90%以上あったが、昭和62年に調査したところ、夕食を一緒に食べている家族は71%に減り、さらに平成21年になると27%に減っているのである。子供のいる核家族で全員が揃って夕食をすることは、平成の20年間にほぼ半減しているのである。

さらに、家族が一緒に食事をする回数を平成20年に調査したところ、朝食にも、夕食にも家族が揃わない家庭が41%に増えていた。朝食を両親と一緒に食べている子供は昭和57年には39%いたが、平成5年には27%に減っている。両親ともに働いているので朝は忙しく、残業をするので帰りが遅く、子供は部活や塾通いで忙しいというように、家族の生活時間帯が不揃いになっているからであろう。

  世界のどの国でも食べるものが乏しい時代には、食事は家族一緒にするものであった。我が国でも敗戦直後の食料難の時代には家族が乏しい食料を分け合って暮らし、家族の中心は「食べること」にあった。親は空腹を我慢しても、子供には腹一杯食べさせようとした。子供心にも親のありがたさ、食べ物の大切さは身にしみて分かるから、一緒に食事をすることが家族の強い連帯感を生みだしていたのである。食べ物が豊かになり、分かち合って食べる必要もなくなった現代では、家族一緒に食べる必要性が薄らいでいるのは確かである。最近の調査によると、「自分たちは家族だなと感じるのは一緒に食事をしているときである」と答える人は4割に減っている。           

かつては家に帰らなければ食べるものがなかった。今は外食店やコンビニなどで何時でも好きなところで食べられる。食事は空腹を満たし、栄養さえ摂ればよいものと考え、一人で都合のよいときに手早く済ます個食が増えるのであろう。一人暮らしの人であれば夕食の79%が孤食であっても不思議でないが、夫婦暮らしをしていても10%が、子供がいても16%が個食である。平成29年度版の{食育白書}によれば、すべての食事を一人で摂る日が週の半分を超えている人が15%もある。このように、家族がバラバラに個食をするという食事形態がこのまま増え続けると、必然的に夫婦や家族の会話と触れ合いが薄れていくことを否めない。かつて食卓で行われていた子供に対する食事の躾もできなくなる。 この問題は突き詰めていくと、家族とは何か、家族の幸せは何かという大きな問題に発展することなのである。                 

  朝は忙しいからといって朝食を摂らない人が増えていて、20代の男性、女性では4人に1人になっている。30年前に比べると男性はそれほど増えていないが、女性は2倍近くに増えている。20代の若者の半数は朝食を毎日は食べていない。朝はぎりぎりまで寝ていて忙しいというのが理由であり、朝食を食べることの重要さを忘れているのである。朝食を抜くだけではない。昼食を外食で済ます人は20歳代から40歳代の男性なら2人に1人以上、女性でも5人に2人はいる。20歳代から30歳代の男性のサラリーマンでは1割近い人が昼食を食べていない。夕食も若いビジネスマンなら2人に1人、OLでも3人に1人は外食で済ましている。20-39歳の若い世代では1日、3回きちんと食事をしているのは男性で62%、女性で76%しかいない。それどころか1日に1食しか食べない人が男性で6%、女性で2%もいる。また、20歳代の女性は行き過ぎたダイエットをすることが多く、そのためにやせ過ぎになっている人が30年前の2倍にも増えて3割近くになっている。 空腹さえ満たせばよいと考えて食事の大切さを忘れているために、若年層には栄養不足が起きているのである。

 子供たちだけで食事をする「子食」が問題視されるようになったのは、昭和57年の 一人で食事をする子供たちが多いのは何故だろう。父親は朝早く出勤し、母親は出勤前に洗濯やお弁当作りに忙しいから、子供は一人で朝食をさせられる。低所得の母子家庭などでは、母親が夜遅くまで仕事をしているため、子供だけで夕食をすることが多くなる。小学生の5%、中学生の8%が、朝は眠い、朝食の準備ができていない、登校前で時間がないなどの理由で朝食を食べていない。夕食を一人で食べる中学生は2人に1人いる。母親が朝食を摂らない家庭だと、乳幼児も3割が朝食を与えられていない。

 朝食は栄養素を補給するだけでなく、睡眠中に低下した体温を上昇させ,血糖値を高めて脳を活性化させ、体の生活リズムを昼型に整える効果がある。欠食すると勉強の集中力,仕事の能率などに影響する。一人で食べている児童、生徒は、食事がおいしくない、体がだるい、元気が出ない、心臓がドキドキするなどと訴えることが多い。子供だけで食べるのだから、食べ物の好き嫌いが激しくなり、間食が多くなるなど栄養の偏りも原因するだろうが、なによりも家族と会話しながら楽しく食事することによって得られるくつろぎ、安らぎ、ゆとりなどが少なくなることが影響しているという。   

敗戦後の食料不足がようやく解消し始めた昭和30年代には、お茶の間の ちゃぶ台を親子で囲み、一日の出来事を話し合いながら食事をしたものである。食事を子供と一緒に摂ることで食事の躾をするだけではなく、子供が生きていく社会的能力を育て、家族の心のふれあいを作っていたのである。食卓はその日のニュースや子供の学校での出来事などを語り合う貴重な場だったのである。平成18年、NHKの放送文化研究所が16歳以上の男女を対象に全国で3600人にアンケート調査をしたところ、できれば家族全員で夕食を摂りたいと思っている人は60%あり、家族が揃うかどうかを気にしない人は12%と少なかった。ところが若年層に限って集計してみると、家族全員で夕食を摂りたいと答えた人は38%と少ない。若い世代の食事観は一昔前のそれとは大きく違っているように思える。食事は家庭で家族と一緒に行うものという従来の考え方から離れて、自分本位に「私のペースで」、「私のスタイルで」食事をするという考えが増えていることは明らかである。また、食卓で一緒に食べるにしても自分が好きなものを食べるというバラバラ食が増えている。外食店、便利な加工食品、調理済み食品などが手軽に利用できるようになったことが、このようなことを可能にしたと言える。

昔の農村社会とは違って、現在の都市生活には学校、職場、施設、サークルなど、さまざまな共同体がある。人々はそれらの集団で1日を過ごすことが多いのだから、いつも家族と一緒に食事をするわけにもいかないだろう。自分の都合に合わせて一人で食事をする個食化現象がある程度まで進行するのは無理もないことではある。しかし、個食化現象がこのままどんどん進行するならば、家庭はどうなるのであろうか。家族とは別に一人で食事をする個食、独りで食べる孤食、子供だけで食べる子食という食事形態がこれほどまでに増えたことは、西欧諸国ではまだ見られないことであり、人類の食の歴史においてもこれまでなかったことである。このままでは家族という人類に特有の社会単位が崩壊しかねない。少なくとも昭和という社会の成長期に存在したような「団結する家族」は崩壊して、ポスト現代の「個人化した家族」に変わるのであろう。

しかし、家族の在りようは変っても家族そのものがなくなるわけではない。所属する社会集団がいくら多くなっても、家族という血縁共同体から離れるわけにはいかない。ところが、夫婦と子供という結婚によって成立した血縁家族は、一緒に暮らし、一緒に食事をするという原始的人間関係を失えば、社会を構成する基本集団として機能しなくなりかねない。そうならないように、忙しい現代家族の食卓はどうあるべきかを考えてみなければならない。何事もAIロボットとSNSが代行してくれるのであろう無機質な近未来社会において、人間らしい主体性をもって生きるためにも、今後の食卓の在り方を真剣に考えてみなければならない時である。

  
  
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