18世紀の後半、文化文政の頃になると、江戸の民衆は料理を楽しむようになり、多数の料理本が刊行された。その中でベストセラーになったのは「豆腐百珍」である。江戸の町には豆腐屋が千軒もあったというほど、豆腐は庶民のおかずから高級r料理にまで重宝に使われたか、三百種類もの料理法が工夫されていた。豆腐百珍にはそれら豆腐料理のレシピが百種類集められている。冷奴、豆腐田楽、焼き豆腐、油揚げなどは現在でも食べているが、聞きなれない料理法もある。例えば、ふわふわ豆腐(擂った豆腐に溶き卵を合わせ、煮立てた出し汁に流し入れる)、雷豆腐(崩した豆腐に醤油、ねぎ、大根おろしを加え、油を引いた鍋で炒める)、玲瓏豆腐(豆腐を寒天でくるみ、冷やして練りからしと酢醤油で食べる)などでる。

 豆腐百珍の評判がよかったので、「玉子百珍」、「甘藷百珍」、「こんにゃく百珍」や飯百珍に相当する「名飯部類」などが次々に出版された。わが国には昔から殺生禁止令があったのでようやく江戸時代から鶏肉と卵を食べるようになったが、卵は1個7文から20文、400円もsる高価なものであった。。「玉子百珍」とも呼ばれている「万宝料理秘密箱」には、利休卵(磨りごまに溶き卵を加えて蒸す)、松風卵(薄焼き卵にけし粒をふりかける)、時雨卵(溶き卵に蛤の身を混ぜて蒸す)、卵どじょう(どじょうの卵とじ)、玉子貝焼き(あわび、えび、しいたけなどを貝殻に入れて卵とじにする)などの玉子料理が紹介されている。現在の日本人は1年に324個も食べる世界第2位の卵好きであり、人気のあるメニュウはオムライス、卵かけごはん、だし巻き、茶わん蒸し、オムレツ、目玉焼きなどである。

 和食にはごはん料理が多い。名飯部類にはただごと飯、豆飯、菜飯、染め汁飯、魚飯、鳥飯、雑炊、粥、鮓などに分けて実に148種類の米飯料理が紹介されている。菜塩漬、糠漬け、しそ漬け、粕漬け、味噌漬けなど、和食には欠かせない漬物の作り方を教える「漬物早指南」もある。「大根料理秘伝抄」には輪切りにした大根が五輪マークのようにつながる「輪違い大根」を切り出す手品のような方法が紹介されている。実用一辺倒ではなく、遊びの要素も取り入れているのである。

 和食では鯛、大根、豆腐、卵、どの食材を取り上げても、生で食べたり、煮たり、焼いたり、和え物にしたり、漬物につけるなど、さまざまに生かす料理法がある。また「焼く」という調理法にも、塩焼、照り焼き、付け焼、串焼、蒸し焼き、堤焼など多彩なレシピがあり、薬味やつけ汁にもさまざまな工夫がる。このように一つの食材をさまざまに生かす調理法を工夫する民族は珍しいのである。

活字や写真のなかった時代であるから文字も挿絵もすべて手書き、木版刷りの料理本が170余冊も出版されたことは、民衆が料理をおいしく作ること、珍しい料理を試してみることにいかに熱心であったかを示すものである。

 

 

 

 

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